レンヌ・ル・シャトーの謎

1885年、寒村レンヌ・ル・シャトーにベランジェ・ソニエールという33歳の新しい司祭がやってくる。あるときソニエールは、非常に荒れ果てた状態にある、11世紀建造の村の教会、マグダラのマリア教会の修復に取りかかる。その際、柱の中から、封印された四枚の羊皮紙が見つかる。羊皮紙には暗号のようなものが書いてあり、なにか重要なものを発見したと考えたソニエールはカルカッソンヌの司教に会いに行く。司教はその羊皮紙をパリの教会の権威筋に見せるために旅費を工面してソニエールをパリに派遣する。

ソニエールは、レンヌ・ル・シャトーに戻ると、村の教会の修復を続けるが、奇妙な行動を取り始める。墓の冒涜、外国の誰ともわからない相手との多数の手紙のやりとり、さまざまな銀行との怪しげな取引...清貧であるはずの司祭ソニエールは1917年に亡くなるまで、今にして数億円もの大金を浪費した。使い道はまったく現実離れしており、険しい山並みを見晴らすマグダラ塔や、ソニエール自身は使ったこともないベタニア荘と呼ばれる豪華な別荘を建てたり、オレンジ畑や動物園を作ったり、見事な図書館を整備したり、珍品・時代物のコレクションをしたり、教区の人々に豪華な宴会を催したりした。寒村の一司祭であるはずのソニエールがフランス文化大臣やオーストリア皇族など多数の著名な賓客を受け入れたのも奇妙なことだった。教会は修復されたが、入口に立っているけばけばしい悪魔の像をはじめとし、何かメッセージが隠されているような奇妙な装飾が至る所に施されていた。

ソニエールは一体どこから、それも突然に、このような膨大な富を手に入れることができたのか。ソニエールは、西ゴート帝国や異端カタリ派、テンプル騎士団、または、フランス王ダゴベルト2世の隠した財宝を発見したのだろうか。それとも...ソニエールの富は、なにか宗教的な秘密に対する「口止め料」だったのだろうか。

マグダラのマリアがイエスの子を宿し、その子が西ゴート族に守られ、メロヴィング朝と血縁関係を結んだのだという秘密?ソニエールが発見したのは、もしかしたらイエスの家系図の類だったのかもしれない。イエスに子孫がいたと仮定すれば、イエスは神ではなく、生身の人間だった証拠となる。公表されると最も衝撃を受けるのはヴァチカンである。ソニエールはその秘密を公表しないかわりに富と権力を手に入れたのだろうか...

参考文献:「レンヌ=ル=シャトーの謎」(柏書房)


レンヌ・ル・シャトーのその後

その後、ソニエールの謎にまつわる話を耳にした多くの人が、もしかしたらまだ財宝が埋まっているかもしれないと、この小さな村に鍬やつるはし、ダイナマイトを持って押しかけた。村や村の周辺には今でも穴掘りの跡が残されている箇所がある。カルカッソンヌの近くに住む筆者の友人によれば、彼女が少女だった頃の週末の思い出といえば、一攫千金を夢見る父に連れられレンヌ・ル・シャトーに発掘に通っていた、とのこと。残念ながら(?)今では発掘は完全に禁止され、村の入口には「発掘禁止」の大きな看板が立ててある。

発掘は禁止されてしまったものの、レンヌ・ル・シャトーはヨーロッパ最大のミステリースポットとして今でも多くの観光客、研究者、歴史家を惹き付けている。